仙台の医者殺し
2020-02-15 (土)
この間鏡を見ていたら、前歯に黒い虫歯が見えて、慌てて行きつけの歯医者さんに行った。その少し前、友人の脳神経内科の先生から、口内環境が悪いと認知症になりやすいという歯と脳の相関関係について聞いていたので、「虫歯は治療しなければ」と思って意気込んで受診した。一回目治療日の翌日、NHKEテレで私の好きな医療番組である「チョイス」にチャンネルを合わせたら、たまたま歯の治療についての回だったので、これも意気込んで観た。勉強になった。歯周病に関しては知っていたつもりだったが、歯垢だけではなく歯石にも菌が大量に菌が住み着いていて、歯石を除去しないとそこから歯周ポケットが広まり歯が抜けるらしい。怖い。歯磨きが大切らしく歯の垢をとるだけではなく、歯石を予防するための歯磨きテクニックについて番組で丁寧に説明していた。
二回目の治療の後、かかりつけの先生に歯の磨き方について聞いてみた。丁寧に教えてくれたて、歯ブラシの持ち方について新しい情報を得た。鉛筆を持つように握り、力はあまり入れないのがコツとのこと。しかし、虫歯になったから歯医者に行ったのであって、虫歯にならなかったら、歯医者にはいかずに歯の磨き方も教えてもらえなかったということになる。
歯の磨き方というのは、予防医学というカテゴリーに入るのだろうが、予防医学というのはあまり普及しないと嘆いていた知人がいる。この人は、企業の健康保険組合に医療費削減のためのコンサルテーションを行っている人で、特に糖尿病を予防する為の生活指導では実績のある人だった。この人は医師ではなかった。なぜ医師ではない人が予防医学の普及活動をしているのかと聞いたところ、「医師は患者数が減ると収入も減る。加えて生活指導は点数も低く積極的にはやりたがらない」と言っていた。思わず合点してしまった。そういえば、かかりつけの耳鼻科の医院で鼻の洗浄器具を購入したときに、同じ診察室にいた別の患者さんが「こんなものが普及したら、先生の患者が減ってしまいますね」と憎まれ口をたたいていたのを思い出した。仙台の医者殺しという言葉がある。伊達政宗が臣下の健康のためみその生産に力を入れたことに由来している。みそは材料である大豆そのものが良質なたんぱく質や脂質、糖分、ビタミン、ミネラルなど含む、栄養豊富な食品で、そこに発酵という多種多様な微生物が多くの栄養成分を生産する工程が加わり、健康増進に役立っている。
歯磨きの方法や糖尿病にならない生活指導はなどは、ある種の教育活動で、つまり情報の供与である。現代はネットに様々な医療情報があふれているので、あえて医師に聞かずとも無料で簡便に情報が手に入る。このことも医師が予防医療に積極的にならない後押ししている。
しかし俯瞰的にみると、医術の神髄は診察と診断にありこれは情報の分析と情報の供与に他ならない。薬の処方は医師の特権で、点数も高いが、薬の調剤が外部の薬局に切り出されていることを考えると、薬の処方は医師という職業のレゾンデートルではないはずだ。
さて、歴史学者で「サピエンス全史」著者のユヴァル・ノア・ハラリによると、現代で最も発達しそうな化学分野はAIとバイオテクノロジーだそうだ。で、AIにとってかわられる職業が紹介されているが、医師もその一つらしい。考えてみると、医師のコアバリューが情報分析だとすれば、それは正にAIの得意分野だ。近い将来、プライマリー医療(地域のかかりつけ医)が医師から看護師などに代わり、AIが東京などに居る医師の監督のもと診断を下し薬を処方するという近未来図は現実味を帯びている。もしかしたら、監督の医師もいらないかもしれない。
さて、このような時代を目前に医師はどのような生き残り戦略をとるべきか。AIにとって代わることができないと思われるサービスに「ぬくもりのあるコミュニケーション」が考えられる。患者の弱音に耳を傾け、慈愛に満ちた助言をするのだ。そうなると、流行る医師のスキルは、悩む主婦の懺悔を聞く牧師や仕事のうっ憤がたまったサラリーマンの愚痴を聞くキャバクラ嬢のスキルと重なってくる。
しかし、AIがさらに進歩するとこの分野も取って代わられるかもしれない。次世代の医者殺しの犯人は味噌からAIにバトンタッチされつつある。