サーフィンに行ったとき 「うつ」かもしれないと思った。

「うつ」かもしれないと思ったのは、サーフィンに行ったとき
私が、「自分はうつかもしれない」と初めて感じたのは、大好きなサーフィンに行ったときのことでした。いつものように一刻も早く海に入りたいと思ったのですが、何故かすぐに海に入ることは出来ませんでした。おっくうに感じたのです。その日は気を取り直し結局海に入って事なきを得たのですが、なんか変だなと思った最初の瞬間です。2006年の秋口でした。
当時私は、上場会社の社長とラジオ局との社長を兼任しており、多忙を極めていたのが背景にあります。それでも、たまに気分が暗くなる程度でうつとは思いませんでした。ネットで調べ西洋オトギリ草のサプリメント(ヨーロッパでは処方薬)を飲んでいまいした。
それよりさかのぼる事2年前、セサミストリート日本におけるのオールライツを私が中心となって取得したのですが、親会社の意向もあり取得後はある広告代理店に運営を任せる事にしました。しかし、過去約1年半の交渉期間を思い出し、大きな喪失感を感じました。今から思うとうつ一歩手前でした。そのときは、インドの聖典「ヴァカヴァットギーター」をむさぼる様に読み、2週間ほどで回復しました。
当時私が社長を務めていた会社のメイン事業は公式携帯コンテンツ。隆盛を極めていた事業でしたが、2006年をピークに下り坂に入ることは解っていました。次のメイン事業に動画コンテンツの配信を考えましたが、①権利処理プロセスがまだコンセンサスを得ていない、②社会インフラがまだブロードバンド配信に追いついていないという状況で、事業化は時期尚早というのが私の判断でした。
そこで、権利処理の道筋が見えていた音楽コンテンツの携帯での配信、それもラジオと一体となったサービスを行えば、当時まだまだ底堅い伸びを示していた携帯公式音楽ダウンロードサービスで時局を乗り切れると考えました。
。また、携帯キャリア特にAUはFMラジオ局に特別なサービスを提供していました。FMを聞きながら、気に入った曲がかかるとその場でその曲をダウンロード出来るというものです。FMラジオ放送局にのみ許されたこのシステムを使わない手は無いと思い、ラジオ局への経営参加を検討することとしました。
これは、実現すれば、民放の友好的M&Aの最初のケースになります。
買収のプロセスは大変でした。競合が3社、ラジオ局のオーナー会社の社内の意見の食い違い、などそれは厳しい道のりでした。結果的には、2006年3月に買収が成立し、私が兼任で代表取締役社長に就任しました。
早速ラジオ局のIT化と音楽ダウンロードのサービスを始めようとしたところ、様々な理由で、「IT事業は当分行わず、本業のラジオ事業をまず立て直す」ことになってしまいました。
音楽配信事業の出遅れが気になりました、ラジオ事業を立て直してから音楽配信事業を始めることとしました。買収した会社のラジオ事業は、赤字が続く会社でしたが、私が
社長に就任しちょうど一年後の2007年3月末締めの決算は3500万円程度の黒字に終わりました。
しかし、その後様々な自由が重なり、肝心の音楽配信ビジネスに参入出来ない状況になり、私は大きな喪失感を味わいました。このことが、長年積もり重なったストレスと相まって一気にうつを悪化させてしまいました。
会社の部下より、ある日一通のメールが来ました。そこには一言「早く行きましょう、精神科」と書かれていて、おすすめ精神科医院の住所と電話番号が書いてありました。2007年の1月に私は正式に精神科の患者になりました。
当時大株主の社長はこのことを知って、自分ではなかなか止められなかった上場企業の社長を下りるようにアドバイスと指示私は、休養生活に入る事が出来ました。
この時、もし精神科に行っていなければ、もし社長業を無理して続けていたら、と考えると、この元部下及び大株主には感謝しております。
実際休養生活に入りましたが、ちょうどこの頃が「うつ」のどん底で1人家で眠りながら妻の帰りを待つ。その待っている間の孤独感による苦痛は言葉で言い表しようが無いほどでした。、また音に対して敏感になり、近所に幼稚園があったので、幼稚園児の無邪気な遊ぶ声が大きな騒音を出すトラックの様で、大きな苦痛を感じました。
このブログの第一章に書きましたが、「うつ」のつらいのは、苦痛が絶え間なく長続きするところです。その身の置き場のない苦痛は2007年の秋まで続きました。
次回は、回復のきっかけ、回復のプロセスについて段階的にお話していきます。

私が、「自分はうつかもしれない」と初めて感じたのは、大好きなサーフィンに行ったときのことでした。いつものように一刻も早く海に入りたいと思ったのですが、何故かすぐに海に入ることは出来ませんでした。おっくうに感じたのです。その日は気を取り直し結局海に入って事なきを得たのですが、なんか変だなと思った最初の瞬間です。2006年の秋口でした。

当時私は、上場会社の社長とラジオ局との社長を兼任しており、多忙を極めていたのが背景にあります。それでも、たまに気分が暗くなる程度でうつとは思いませんでした。ネットで調べ西洋オトギリ草のサプリメント(ヨーロッパでは処方薬)を飲んでいまいした。

当時私が社長を務めていた会社のメイン事業は公式携帯コンテンツ。隆盛を極めていた事業でしたが、2006年をピークに下り坂に入ることは解っていました。次のメイン事業に動画コンテンツの配信を考えましたが、①権利処理プロセスがまだコンセンサスを得ていない、②社会インフラがまだブロードバンド配信に追いついていないという状況で、事業化は時期尚早というのが私の判断でした。

そこで、権利処理の道筋が見えていた音楽コンテンツの携帯での配信、それもラジオと一体となったサービスを行えば、当時まだまだ底堅い伸びを示していた携帯公式音楽ダウンロードサービスで時局を乗り切れると考えました。

東京の広域ラジオ局にM&Aで経営参加し、地上波の放送とインターネットによる音楽配信を同時に行い新しい収益の柱にするつもりでした。これは、実現すれば、民放の友好的M&Aの最初のケースになります。

買収のプロセスは大変でした。競合が3社、ラジオ局のオーナー会社の社内の意見の食い違い、などそで何度も頓挫しそうになりました。結果的には、2006年3月にM&Aが成立し、私が兼任で代表取締役社長に就任しました。

早速ラジオ局のIT化と音楽ダウンロードのサービスを始めようとしたところ、親会社の意向など様々な理由で、「IT事業は当分行わず、本業のラジオ事業をまず立て直す」ことになってしまいました。

音楽配信事業の出遅れが気になりましたが、ラジオ事業を立て直してから音楽配信事業を始ればよいと気を取り直し最初の一年がラジオ事業の立て直しに専心しました。買収したラジオ局は、赤字が11年も続く会社でしたが、私が社長に就任してちょうど一年後の2007年3月末締めの決算は3500万円程度の黒字に終わりました。同局始まって以来の黒字です。

しかし、その後親会社の意向などで、肝心の音楽配信ビジネスに参入出来ない状況になってしまいました。株主などに説明していた事業モデルの遂行が親会社の政治的理由で遂行出来なくなったのです。私は大きな喪失感を味わいました。このことが、長年積もり重なったストレスと相まって一気にうつを悪化させてしまいました。

会社の部下より、ある日一通のメールが来ました。そこには一言「早く行きましょう、精神科」と書かれていて、おすすめ精神科医院の住所と電話番号が書いてありました。2007年の1月に私は正式に精神科の患者になりました。

この時、もし精神科に行っていなければ、もし社長業をその後も長く無理して続けていたら、と考えると、この元部下には感謝しております。

初めて診察を受けた翌年の5月より休養生活に入りました。ちょうどこの頃が「うつ」のどん底でした。家では1人ベッドで横たわりながら仕事がえり妻の帰りを待つ。その待っている間の孤独感による苦痛は言葉で言い表しようが無いほどでした。また妻が帰ってきた時の安心感。妻には今でも感謝しています。

このブログの第一章に書きましたが、「うつ」がつらいのは、理由の分からない苦痛が絶え間なく長続きするところです。その身の置き場のない苦痛は2007年の秋まで続きました。

次回は、回復のきっかけ、回復のプロセスについて段階的にお話していきます。

「私が読んだ中で一番読みやすかった本」

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Q6.個々の社員の目標は、自らが設定していますか?それとも会社から与えられていますか?

社員一人一人の目標が全社目標の部分集合になっているのが望ましい事が分かりました。では全社目標を踏まえた上で、社員各々の目標やゴールイメージはどのようなプロセスで設定されるべきでしょうか?
これは、第一章にあった自由と関連性があります。人間は自由に、自発的に決めたことは、他人から押し付けられたことより、真剣に取り組む傾向があります。何故なら、自分で目標を考えるプロセス自体に、責任感が育くまれる要素があり、また興味を持てる要素があるからです。また、自分の目標の背景を考えることにより。会社の現状、所属する業界の状況、ひいては社会の経済状況などに思いを寄せることにもつながります。
このような学びのプロセスを経るのと経ないのでは、取り組み方に大きな差が付きます。会社側から任務を一方的に命令されることは多くの会社で行われていることです。辞令を発令してから、異動の背景やポジションの重要性を説明しますが、はっきり申し上げて満足している人は少ないはずです。「サラリーマンだから当然」と言って、甘んじて受けている人は多いのではないでしょうか
少し話題はそれますが、この辞令一枚で人事異動という慣習は日本だけに見られる現象であることをみなさん御存じでしたか?特に勤務地の移動が伴ういわゆる転勤命令が絶対命令なのは日本だけです。
「超整理法」で有名な野口悠紀雄先生の本業は日本経済論です。著作の中に「1940年体制、さらば戦時経済」があります。
この本の論旨は、「現在日本企業で当然とされている考え方の始まりはそれほど古くなく、実は第二次世界大戦の戦時経済から始まって今でも続いている」、というものです。つまり現代企業の、「新卒採用」「終身雇用」「年功序列」「年齢給」「業界賃金一律制」「人事異動」などの制度は戦時中に確立され、戦後も官僚制とともに温存され、戦後の高度成長に貢献した、とのことです。
マッカーサーは憲法を変え、天皇の位置づけを変え、財閥解体など民主化を進めましたが、実は会社そのものを動かす仕組みには手を加えなかったらしいのです。
会社都合で紙切れ一枚の辞令に絶対従わなければ会社を辞めなければならないという暗黙の了解も戦時の軍事・経済体制で官僚や軍需産業などから始まり、やがてすべての組織に広まったそうです。
私が社長を務めていた会社では、本人の承諾なしに会社が一方的に部署や、勤務地を変える命令を出してはいけない、としていました。社員には非常に好評でした。
管理部門をやるか、営業をやるか、コンピュータのプログラムをやるかなど部門をまたいで、自分の役割を自分で考え決めるのです。私が感じた結論として、皆一旦自分で決めた後は、彼らは決死の覚悟で自分の目標達成に向かって努力していた。しかも楽しみながら、という事実です。
自分で決め、自分で道を切り開いていく、この過程で自分を成長させていく。仕事が「労働」から「学び」へと変わる瞬間です。
第6章のまとめ
自分で立てた目標は、他人に与えられた目標よりも、達成しようという熱意の面で勝る。また本人の勉強になる。

社員一人一人の目標が全社目標の部分集合になっているのが望ましい事が分かりました。では全社目標を踏まえた上で、社員各々の目標やゴールイメージはどのようなプロセスで設定されるべきでしょうか?

これは、第一章にあった自由と関連性があります。人間は自由に、自発的に決めたことは、他人から押し付けられたことより、真剣に取り組む傾向があります。何故なら、自分で目標を考えるプロセス自体に、責任感が育くまれる要素があり、また興味を持てる要素があるからです。また、自分の目標の背景を考えることにより。会社の現状、所属する業界の状況、ひいては社会の経済状況などに思いを寄せることにもつながります。

このような学びのプロセスを経るのと経ないのでは、取り組み方に大きな差が付きます。会社側から任務を一方的に命令されることは多くの会社で行われていることです。辞令を発令してから、異動の背景やポジションの重要性を説明しますが、はっきり申し上げて満足している人は少ないはずです。「サラリーマンだから当然」と言って、甘んじて受けている人は多いのではないでしょうか

少し話題はそれますが、この辞令一枚で人事異動という慣習は日本だけに見られる現象であることをみなさん御存じでしたか?特に勤務地の移動が伴ういわゆる転勤命令が絶対命令なのは日本だけです。

「超整理法」で有名な野口悠紀雄先生の本業は日本経済論です。著作の中に「1940年体制、さらば戦時経済」があります。

この本の論旨は、「現在日本企業で当然とされている考え方の始まりはそれほど古くなく、実は第二次世界大戦の戦時経済から始まって今でも続いている」、というものです。つまり現代企業の、「新卒採用」「終身雇用」「年功序列」「年齢給」「業界賃金一律制」「人事異動」などの制度は戦時中に確立され、戦後も官僚制とともに温存され、戦後の高度成長に貢献した、とのことです。

マッカーサーは憲法を変え、天皇の位置づけを変え、財閥解体など民主化を進めましたが、実は会社そのものを動かす仕組みには手を加えなかったらしいのです。

会社都合で紙切れ一枚の辞令に絶対従わなければ会社を辞めなければならないという暗黙の了解も戦時の軍事・経済体制で官僚や軍需産業などから始まり、やがてすべての組織に広まったそうです。

私が社長を務めていた会社では、本人の承諾なしに会社が一方的に部署や、勤務地を変える命令を出してはいけない、としていました。社員には非常に好評でした。

管理部門をやるか、営業をやるか、コンピュータのプログラムをやるかなど部門をまたいで、自分の役割を自分で考え決めるのです。私が感じた結論として、皆一旦自分で決めた後は、彼らは決死の覚悟で自分の目標達成に向かって努力していた。しかも楽しみながら、という事実です。

自分で決め、自分で道を切り開いていく、この過程で自分を成長させていく。仕事が「労働」から「学び」へと変わる瞬間です。

第6章のまとめ

自分で立てた目標は、他人に与えられた目標よりも、達成しようという熱意の面で勝る。また本人の勉強になる。

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言葉が先で、事物は言葉により定義される

前回の答えは「言葉が先」です。元々世界は混沌とシームレスもしくは、微分的に細かく原子核まで分けて考える事も可能です。オルダスハッスクレーの有名な著作に「知覚の扉」があります。彼がある種のドラックにより、宗教で言うところの悟りを開いた状態になったとき、5感の数が増えていき20感、50感、100感となっていきました。そしてドラックから覚めたときに気がついたのは、人間の5感は事物や情報を感じ取る為のものではなく、むしろ事物や情報を5感に閉じこめ、制限するためのもの、と言うことでした。

例えば海を美しく泳ぐオウムガイは触覚、嗅覚、味覚の3感です。オウムガイは人間の持つ視覚、聴覚を持ち合わせていません。3感に制約されて生きています。でも、彼らはたぶん自分の3感がすべてと思っていて、世の中に他の感覚があるとは想像もしていないと思います。人間の5感も同じことなのです。

地球全体を一個と見ることも、分子、原子レベルまで区分けすることも、「認識」という意味では、根本的に同じです。

しかし、どのような言語を使っている人間も、おおよそ2万語を操り、事物を区別しているようなので、人間の言葉による認識は、分子レベルより大きくと地球レベルより小さい中の中間地点のどこかと言うことになります。

本題に戻りますが、「事物を区分けしているのは、言葉であり言葉の数だけ区分け(=つまり認識できる事物)があるというのが、ソシュールさんの発見の真骨頂です。

北極圏のイヌイット族にはオオカミと犬を区分けする言葉がありません。言葉が同じなので、事物である犬とオオカミも同じものと考えられています。

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犬の本能と人間の本能

写真のHanaを見てください。これは彼女が妻の布団の上で寝る前にたまに見せる穴掘りの姿です。柔らかい布団の上で、穴掘りをしている様に、「シュシュシュ」と音をたて前足で穴を掘ります。布団ですのでもちろん穴は掘れません。代替行為です。

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実は、人間にも本能に基づく代替行為が結構あります。無意識に仲間と連帯する、先々を心配する、飢餓にそなえ現代人にはそんなに必要ない炭水化物や油分を多く取り、太る。SEXに関する様々な代替行為などです。

人間には言語があり、知的にものをかんがえることが出来ます。その知性で考えて明らかに必要ない、例えば、飢餓に備え栄養を多くとり太るなどは、本能に根ざしたもので、ダイエットがなかなか進まないのも説明が付きます。

さてこのように考えてくると、Hanaの穴掘り、と人間の過食は本能を満足させるための代替行為として、同じレベルで考えて差し支えないのではないでしょうか?

Hanaにも人間の言語をある程度解する能力がある一方、穴掘りに代表される本能に基づく行動もある。人間も言語によってものを考えていますが、言語によらない本能的行為もある。

そう考えると、犬と人間は言葉と本能の混ざり具合こそ違えども、本質的には同じ系統の脳構造を持つと言って差し支え無いと思うのです。

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Q5.末端のチームや、社員一人一人の目標が全社目標の部分集合になっていますか?

Q5.末端のチームや、社員一人一人の目標が全社目標の部分集合になっていますか?
目標は映像化すべきだと申し上げました。仮に全社員が会社の数年後の姿をありありとイメージ出来、100%に近い数字で成功を確信できたとします。繰り返しになりますがこれは必須なことです。しかしこれだけでは、足りません。では、何がなりないか?
全社の目標だけでは、実際に自分(達)が何をしたら良いか分かりにくいのです。例えば、経理課の人が全社目標を信じたとします。でも、なんとなく経理業務と全社目標とは関連ないと思ってしまいがちです。せっかくの全社的な自信が、末端組織や一人一人に落とし込む事を怠ると、自分(達)と関係ないという気持ちを持ってしまったりするのです。
これでは、一旦全社で盛り上がった目標達成への自信も、1か月も経たないうちに萎えてしまうことを意味します。
末端組織や社員一人一人は全社目標に対し、自分(達)がどのように貢献できるかを会社と話し合い、全社目標を達成するために自分(達)の役割と自分(達)のゴールイメージ、それと要する期間などを、出来れば自分たちで設定することが非常に大切です。そして自分(達)のゴールイメージを映像化し、その延長線上に会社のゴールイメージを思い描きその達成を強く信じるのです。
つまり、自分(達)の目標の延長線上に会社全体の目標があり、自分たちは、会社全体の目標達成に重要な部分を担っているのだという確信が大切です。
第5章のまとめ
全社目標は、末端組織や社員一人一人の役割に落とし込まれ、社員一人一人が自分自信のゴールイメージの延長線上に、会社全体のゴールイメージを見て、それらを共に映像化し達成を信じることが出来れば、社員は個人としても成功者となり、その結果会社も成功者となる。

目標は映像化すべきだと申し上げました。仮に全社員が会社の数年後の姿をありありとイメージ出来、100%に近い数字で成功を確信できたとします。繰り返しになりますがこれは必須なことです。しかしこれだけでは、足りません。では、何がなりないか?

全社の目標だけでは、実際に自分(達)が何をしたら良いか分かりにくいのです。例えば、経理課の人が全社目標を信じたとします。でも、なんとなく経理業務と全社目標とは関連ないと思ってしまいがちです。せっかくの全社的な自信が、末端組織や一人一人に落とし込む事を怠ると、自分(達)と関係ないという気持ちを持ってしまったりするのです。

これでは、一旦全社で盛り上がった目標達成への自信も、1か月も経たないうちに萎えてしまいます。

末端組織や社員一人一人は全社目標に対し、自分(達)がどのように貢献できるかを会社と話し合い、全社目標を達成するために自分(達)の役割と自分(達)のゴールイメージ、それと要する期間などを、出来れば自分たちで設定することが非常に大切です。そして自分(達)のゴールイメージを映像化し、その延長線上に会社のゴールイメージを思い描きその達成を強く信じるのです。

つまり、自分(達)の目標の延長線上に会社全体の目標があり、自分たちは、会社全体の目標達成に重要な部分を担っているのだという確信が大切です。

第5章のまとめ

全社目標は、末端組織や社員一人一人の役割に落とし込まれ、社員一人一人が自分自信のゴールイメージの延長線上に、会社全体のゴールイメージを見て、それらを共に映像化し達成を信じることが出来れば、社員は個人としても成功者となり、その結果会社も成功者となる。

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ウツに至までのストレス蓄積、トリガー、遺伝などに関して

うつに遺伝性があると言われています。ただしどの程度遺伝的要素が関与するのかは、解っていません。いろいろな文献や精神科の先生のお話を聞くと、ストレス、過労、環境の変化、家族の状況など総合的な要因で発病するとのことで、遺伝はその一要素に過ぎないと言うものでした。
実は、私の母方の家系で「うつ」の人が多く出ています。母は末娘でしたが、長男は「うつ」により服毒自殺、長女も自殺、長女の息子(つまり)私の従兄弟は焼身自殺未遂でした。母の兄弟は6人でそのうち2人がうつ。9人の従兄弟の内1人が自殺未遂と言うことになります。
私の母は「うつ」にはなりませんでした。母は40代後半で脳出血により長期療養生活に入りました。もし、脳出血が無ければ晩年「うつ」になっていたかどうかは今となっては知るよしもありません。
私の場合は、40代中盤までは全くと言っていいほど「うつ」の気配さえ感じたことはありませんでした。39歳で会社の社長となり、資本金が振り込まれ、従業員が増えてくるとプレッシャーも大きくなり、真綿で首を締められるような感覚を覚えましたが、あの感覚は「うつ」とは違うものでした。
「うつ」は発病まで徐々に徐々に進行するものと思います。そして、少し疲れてきたな、気分が乗らないなーという状況が半年程度経ったころ発病の条件が揃うというのが私の体験です。
条件が整った状態は「うつ」を発病はしていないので、例えば、趣味のサーフィンに行っても最初の内は少しおっくうに感じたりしますが、気を取り直しサーフィンを楽しむことが出来ます。この状態では発症とは言えないと思います。
多くの本を読むと、「うつ」の発症にはトリガーとなるものがあるとあります。定年退職、左遷、リストラなどネガティブなものだけではなく、昇進、栄転、結婚、出産などポジティブな環境の変化も「うつ」のトリガーになり得ます。
私の場合は、会社上場後2年間準備し、スタートさせた新規事業をあるこの事業とは関係無い理由で突然止めざるを得なくなったことです。そのときには大きな喪失感を感じ、一気に「うつ」発病まで行ってしまいました。
トリガーとしては、やはり喪失体験(配偶者の死、娘の嫁入り、事業の失敗など)が多い様です。ただし、この喪失体験が病気の原因とそのときは思いますがそうではありません。あくまで、トリガーであって、それまでの長年のストレスの沈滞物がトリガーによって発火したとでも言いましょうか、そんな感じです。
次回は発症後どん底に至までをお話します。

うつに遺伝性があると言われています。ただしどの程度遺伝的要素が関与するのかは、解っていません。いろいろな文献や精神科の先生のお話を聞くと、ストレス、過労、環境の変化、家族の状況など総合的な要因で発病するとのことで、遺伝はその一要素に過ぎないと言うものでした。

実は、私の母方の家系で「うつ」の人が多く出ています。母は末娘でしたが、長男は「うつ」により服毒自殺、長女も自殺、長女の息子(つまり)私の従兄弟は焼身自殺未遂でした。母の兄弟は6人でそのうち2人がうつ。9人の従兄弟の内1人が自殺未遂と言うことになります。

私の母は「うつ」にはなりませんでした。母は40代後半で脳出血により長期療養生活に入りました。もし、脳出血が無ければ晩年「うつ」になっていたかどうかは今となっては知るよしもありません。

私の場合は、40代中盤までは全くと言っていいほど「うつ」の気配さえ感じたことはありませんでした。39歳で会社の社長となり、資本金が振り込まれ、従業員が増えてくるとプレッシャーも大きくなり、真綿で首を締められるような感覚を覚えましたが、あの感覚は「うつ」とは違うものでした。

「うつ」は発病まで徐々に徐々に進行するものと思います。そして、少し疲れてきたな、気分が乗らないなーという状況が半年程度経ったころ発病の条件が揃うというのが私の体験です。

条件が整った状態は「うつ」を発病はしていないので、例えば、趣味のサーフィンに行っても最初の内は少しおっくうに感じたりしますが、気を取り直しサーフィンを楽しむことが出来ます。この状態では発症とは言えないと思います。

多くの本を読むと、「うつ」の発症にはトリガーとなるものがあるとあります。定年退職、左遷、リストラなどネガティブなものだけではなく、昇進、栄転、結婚、出産などポジティブな環境の変化も「うつ」のトリガーになり得ます。

私の場合は、会社上場後2年間準備し、スタートさせた新規事業をあるこの事業とは関係無い理由で突然止めざるを得なくなったことです。そのときには大きな喪失感を感じ、一気に「うつ」発病まで行ってしまいました。

トリガーとしては、やはり喪失体験(配偶者の死、娘の嫁入り、事業の失敗など)が多い様です。ただし、この喪失体験が病気の原因とそのときは思いますがそうではありません。あくまで、トリガーであって、それまでの長年のストレスの沈滞物がトリガーによって発火したとでも言いましょうか、そんな感じです。

次回は発症後どん底に至までをお話します。

私が発症前に最初に読んだ本。この本を読んでおいて良かったと思います。会社の人事厚生担当者は必読と思います。

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日本で虹は7色、でもアメリカでは6色。

日本で虹は7色、でもアメリカでは6色。
日本で街を歩いている人100人に「虹の色は何色?」と問えばほぼ100人とも「7色」と答えるはずです。日本でのこの常識、実は世界では少数派なのをご存じでしたか?紫、藍、青、緑、黄色、橙、赤と日本で6色なのは、日本語で7色だからであって、英語では、purple、blue、green、yellow、orange、redの6色です。ローデシア語では5色、リベリア語ではなんと2色です。ローデシアで街を歩いているローデシア人に「虹の色は何色?」と問えばほぼ100人とも「2色」と答えるはずです。何故、このようなことが起こるのでしょうか?
実は、虹はもともとシームレス(昔の絹のパンティストッキングの後ろにあった境目の線が『シーム』。シームレスは境目が無いことを言う)つまり100色でも1000色でも不十分。色数は無限なのです。実際は無限のものを、7色に区切ったり、6色に区切ったり、場合によっては2色に区切ったり、我々はこの事実を知ると「何か変だな」と思うはずです。
ソシュールさんは、いろいろな言語を研究し、先例のような事実を掘り下げていった結果が晩年の「一般言語学講義」へと結実します。彼の発見した事実とは「世の中のものやことは元々シームレスである。シームレスは世界に言葉を当てはめる場合、無限の言葉というのは無理なので、ある単語で世界のもごとのある一定の幅を定義しているに過ぎない。別の言い方をすれば、事物が先にあって、それに名前が付いているのではなく、名前が付いてから、事物は具体性を帯びると言うものです。
下記の図をご参照下さい。
この図では、あたかも事物が先にあり(もともと分かれて存在し)それに名前が付いていることを表しています。しかし、事物は元来シームレスなのでこのように分かれた状態で存在しておらず、シームレスに混沌と偏在しているに過ぎません。
そこで質問です。「事物が先か名前が先か?」これはソシュール理論を学ぶ上で最も大切な問いです。次週答えに関し説明していきます。ご期待下さい。

日本で虹は7色、でもアメリカでは6色。

日本で街を歩いている人100人に「虹の色は何色?」と問えばほぼ100人とも「7色」と答えるはずです。日本でのこの常識、実は世界では少数派なのをご存じでしたか?紫、藍、青、緑、黄色、橙、赤と日本で6色なのは、日本語で7色だからであって、英語では、purple、blue、green、yellow、orange、redの6色です。ローデシア語では5色、リベリア語ではなんと2色です。ローデシアで街を歩いているローデシア人に「虹の色は何色?」と問えばほぼ100人とも「2色」と答えるはずです。何故、このようなことが起こるのでしょうか?

実は、虹はもともとシームレス(昔の絹のパンティストッキングの後ろにあった境目の線が『シーム』。シームレスは境目が無いことを言う)つまり100色でも1000色でも不十分。色数は無限なのです。実際は無限のものを、7色に区切ったり、6色に区切ったり、場合によっては2色に区切ったり、我々はこの事実を知ると「何か変だな」と思うはずです。

ソシュールさんは、いろいろな言語を研究し、先例のような事実を掘り下げていった結果が晩年の「一般言語学講義」へと結実します。彼の発見した事実とは「世の中のものやことは元々シームレスである。シームレスは世界に言葉を当てはめる場合、無限の言葉というのは無理なので、ある単語で世界のもごとのある一定の幅を定義しているに過ぎない。別の言い方をすれば、事物が先にあって、それに名前が付いているのではなく、名前が付いてから、事物は具体性を帯びると言うものです。

下記の図をご参照下さい。

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この図では、あたかも事物が先にあり(もともと分かれて存在し)それに名前が付いていることを表しています。しかし、事物は元来シームレスなのでこのように分かれた状態で存在しておらず、シームレスに混沌と偏在しているに過ぎません。

そこで質問です。「事物が先か名前が先か?」これはソシュール理論を学ぶ上で最も大切な問いです。次週答えに関し説明していきます。ご期待下さい。

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犬は心を許すと、お腹を見せる

Hanaは豆柴です。おとなしい性格ですが、人に心を許すのに時間がかかります。柴犬の特徴で少し頑固でシャイです。3年半前、Hanはがわが家に来てからしばらくの間、私にも心を開きませんでした。決して吠えたりしませんが、触られるのをいやがりました。また、心を許した相手には、お腹を見せると言われましたが、決してお腹を見せようとしませんでした。ところが半年ほど一緒に暮らす内に徐々に心を開いてきました。ちょうど人間の言葉を覚え始めた時期と重なります。

犬には犬動詞のコミュニケーションがあります。お互いにお尻の臭いを嗅ぎあったりです。これは生まれたときから備わっているようです。しかし、人間とのコミュニケーションは、犬にとって学ぶのに少々時間がかかります。半年くらいなので、人間の赤ちゃんより早いですよね。Hanaの最初に覚えた言葉は「止まれ」でした。「止まれ」と私が言えば、Hanaは止まって待っている様になりました。

人間とのコミュニケーションを発達させるには、しゃべれない犬に対しても精一杯話しかけることです。そのうちに意味が通じます。犬とのコミュニケーションにおいて言葉が如何に重要かは下の写真を見れば、一目瞭然。最近は一緒に寝ているとき、なんと仰向けに寝たりしています。

たぶん人と人も言葉を通じてのコミュニケーションが思った以上に重要かもしれません。人間は受ける情報の内、80%は目からと言われます。ただこの80%のうちの80%は言語絡みの情報と思います。言語は基本的には、聴覚に依存します。インドのヨガでは、5感を①聴覚②触覚③視覚④味覚⑤嗅覚と序列を与えています。聴覚が一番上に位置しているのは言語の持つ重要性を反映したものだと私は思っています。

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Hanaは豆柴です。おとなしい性格ですが、人に心を許すのに時間がかかります。柴犬の特徴で少し頑固でシャイです。3年半前、Hanはがわが家に来
てからしばらくの間、私にも心を開きませんでした。決して吠えたりしませんが、触られるのをいやがりました。また、心を許した相手には、お腹を
見せると言われましたが、決してお腹を見せようとしませんでした。ところが半年ほど一緒に暮らす内に徐々に心を開いてきました。ちょうど人間
の言葉を覚え始めた時期と重なります。
犬には犬動詞のコミュニケーションがあります。お互いにお尻の臭いを嗅ぎあったりです。これは生まれたときから備わっているようです。しかし、
人間とのコミュニケーションは、犬にとって学ぶのに少々時間がかかります。半年くらいなので、人間の赤ちゃんより早いですよね。Hanaの最初に
覚えた言葉は「止まれ」でした。「止まれ」と私が言えば、Hanaは止まって待っている様になりました。
人間とのコミュニケーションを発達させるには、しゃべれない犬に対しても精一杯話しかけることです。そのうちに意味が通じます。犬とのコミュニ
ケーションにおいて言葉が如何に重要かは下の写真を見れば、一目瞭然。最近は一緒に寝ているとき、なんと仰向けに寝たりしています。
たぶん人と人も言葉を通じてのコミュニケーションが思った以上に重要かもしれません。人間は受ける情報の内、80%は目からと言われます。ただ
この80%のうちの80%は言語絡みの情報と思います。言語は基本的には、聴覚に依存します。インドのヨガでは、5感を①聴覚②触覚③視覚④味覚
⑤嗅覚と序列を与えています。聴覚が一番上に位置しているのは言語の持つ重要性を反映したものだと私は思っています。

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Q4.会社は従業員に対し明確な将来ビジョンを示していますか?

さて、ここまでは「仕事を楽しんでいる社員の多い会社は業績も良く、自由だけれど守るべき規範があり、それが社風として根付いている。」ことを見てきました。

実はこれだけでは、少し足りない部分があります。というのも、この規範つまり社是社訓は方向性を示すだけで、ゴールそのものやゴールまでの距離を示すものではないのです。

ゴールとはマラソンのゴール、サッカーのゴール、恋愛のゴールなどある方向に意識的に進んだその先にあるものです。普通スタート時点では自分が優勝するのかとか、惨敗に終わるのかとか、どのようなゴールを迎えるのか分かりません。但しトップアスリートはゴール前からゴールの映像を頭の中にくっきり描くといいます。

話をビジネスに移すと、社是社訓はあくまで方向性であって先に行ったら何があるのかは示しません。つまり社是社訓だけでは、ゴールがどのようなものなのか分からない。見えない結果を追い掛ける努力を継続できる人は少なく、結局ゴールの見えている人(主に経営陣の場合が多い)の指示を仰ぐことになります。

ゴールは、経営陣がゴールを作り社員に示すもよし、社員がゴールを考え、それを会社が採用するのもよし。ポイントはゴールを設置し全員で共有することです。それと忘れてならないのは、トップアスリートの様に、このゴールを脳の中でビジュアル化し、現実にすでに起こったかのように映像化することです。タイガーウッズはパターのたびに、ボールがカップに吸い込まれていくイメージを完全に体感するそうです。

もう一つ、目標までの道のりも共有することです。ゴールにたどり着くまでのマイルストーンのことです。会社なら、たとえば200●年までに顧客満足度で業界トップになり、200●年までに1千億企業になる、とかです。

これらをビジュアル化し、社員全員の脳に焼き付ける。現実の映像として確信を持ってゴールにたどり着いたときのことを、つまり未来のことを現時点で見るのが目標達成を確実なものにします。

ナポレオンヒルの「思考は現実化する」やロンダ・バークの「ザ・シークレッド」、アンソニー・ロビンズの「一瞬で自分を変える法」、ブライアントレーシーの「ゴール」、中村天風「成功の実現」、本田健「ユダヤ人大富豪の教え」、茂木健一郎監修マーシーシャイ・モフ「脳にいいことだけをしなさい」これらの本は皆同じ考えを違ったアプローチで紹介しています。

書かれていることは「事前に100%成功を確信すれば、結果は100%成功に終わる」という真理です。これは私も本当だと思います。しかし100%自分を信用するのは、意外に難しい。

私が会社を起業した際、数年後に上場するということを90%位は信じることが出来ました。何故なら毎日毎日信じるように自己暗示をかけたからです。この自己暗示のおかげで4年半程の短期間で会社を上場させる事が出来たと今でも思っています。

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それを、たとえば、会社は毎年新たに10万社設立されていて、その中で上場出来るのは100社に過ぎないとか、ネガティブな要素を前提にもし私が考えていたら、上場は果たせなかったでしょう。

最後に注意事項を一つ。たとえば、ビジネスマンが「今度のオリンピックのマラソンに出場し金メダルを取る」とか、私の例では、「3年以内にトヨタを抜く」というのは、どう考えても無理なので目標としては不適切です。

第4章のまとめ

明確な目標・ビジョンを映像化し、その達成を皆で信じる会社は必ずビジョンや目標を達成する

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うつの原因は解明されていない?

私は藁をもすがる思いで、「うつ」に関する本をむさぼり読みました。25冊は読んだと思います。そしてだんだん解ってきたことは、「うつ」の発症や完治について、医学的にはまだ解明されていない、ということです。諸説ありますが、定説は無いのです。

風邪をひいたとき市販の風邪薬を飲む人は結構いるとおもいます。しかし、風邪薬の効能は症状の緩和であって、風邪そのものを根治するものではありません。同じように、抗うつ剤も「うつ」の原因そのものを取り除くような薬ではなく、症状を緩和するいわば痛み止めや解熱薬の様なものなのだと理解しました。抗うつ剤という痛み止めで時間を稼ぎ、自然治癒を待つ。もしくは、抗うつ剤により自然治癒のスピードを早めるということが狙いだとハッキリ理解したのです。

以前のブログで「うつ」のときは体が痛みを感じていると同じであると申しました。痛いのなら痛み止めを飲み、ついでに化膿止めものみ、自然治癒を待つのが適切です。薬無しでそこを無理に堪え忍ぶのはかなりの苦しさと思います。従って、医師の言いつけを守り薬を飲むことを私は推奨します。

よく家族や友人などの生兵法的なアドバイスで薬を飲むのを止めろと言うのがあります。本当に薬を止めててしまい、「うつ」が再発する人を散見します。私もこのような無責任なアドバイスを受けたことがありますが、本当に罪作りなことだと思います。

さて、いろいろな本を読んで根本原因はまだ解明されていないことが解りました。しかし、諸説の中で、「うつ」という病気の現象面を見て、どうもこうなものではないか?という私なりの考えが徐々に固まって来ました。下記をご覧下さい。

それは、

① 長期に渡るストレスにより脳の扁桃帯の興奮状態が続く

②  興奮状態を緩和するため、脳内の感情伝達物質である、セロトニン、ノルアドレナリンなどの分泌量が減る。

③  重く沈んだ精神状況になり、体を休めざるを得なくなる。

④  体は休めざるを得ないが、精神は休めない。

次に説明することは、下園さんというカウンセラーの本を読み、私が妙に納得したものです。それは「狩猟時代の人類は長期にわたってストレスが続くと、脳が自動的に体を休めるためうつ状況になる。しかし、休んでいる間もいろいろな危険はつきまとうので、神経を張って寝ない状況にしていなければ殺されてしまう。そこで体は休めるが神経は休めない状況を作り出す様に人類は進化してきたのではないか?その名残で現代人も体は動かなくなるが、神経は張り詰め不眠が続くのではないか、」と言うものです。

⑤現代は医学が発達し体の疾病は早く治るが、精神疾病の方はなかなか直らない。しかし、古代の人類は医学も未発達で、体の疾病が治るまで1-2年はかかった。その間は「うつ」の状況が続くように進化してきた。

⑥抗うつ剤は対処療法とはいえ、その効果は絶大である。従って必ず飲んだ方がよい。

⑦人によって合う薬と合わない薬があるので、主治医の先生と相談しながらいろいろな薬を試してみる。

⑧通常薬が効き始めるまで、3-4週間かかる。従って最低一ヶ月は続けて同じ薬を飲み効果を計る。

⑨半年から1年で最悪の状態を脱する。

⑩その後は半年程度、三寒四温的に揺れながら徐々に回復していく。

⑪9割方直った状況で良しとする。直っても薬を1-2年飲み続け、再発を避ける。

以上です。どこかの哲学者が、「人生は、ややうつの方がよい」と言ったそうです。100%回復にこだわるといつまでたっても直った感じがしません。そこは、糖尿病の様にうまくこの病気とつきあっていくと言う態度が望ましいと思います。

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ソシュール理論による外国語学習法

英語が全く駄目だった筆者が言語学者であるソシュールにヒントを得て生み出した2年でTOEIC900点をめざせる全く新しいアプローチの外国語取得方法を紹介します。

髪林孝司プロフィール

髪林孝司

髪林孝司:
システム経営コンサルタント
職歴:
株式会社リクルート
(住宅情報事業部)
株式会社テレビ東京
(経理部、営業部、国際営業部、編成部、マーケティング部、イ ンターネット部などを歴任)

2001年
テレビ東京ブロードバンド企画設立
代表取締役社長就任
(主要株主;テレビ東 京、NTT東日本、シャープ、NECインターチャネル、集英社、角川ホールディングス、 小学館プロダクション、DoCoMoドットコム、ボーダフォン)

2005年
同社東証マザーズ上場

2006年
インターエフエム買収
代表取締役社長就任(兼任)
11年連続赤字累損22億の会 社を1年で4000万弱の黒字会社にターンアラウンド

2008年6月
テレビ東京ブロードバンド取締役退任

略歴:
札幌生まれ
趣味:
ロードバイク
中華料理(家族の食事は私が作っています)
タブラ(インドの打楽器)