Q50.あなたは仕事には、効率を求める方ですか?

私も仕事には効率性が大切だと思っていました。目的まで一直線に最短距離を行けばいいと考えていました。しかし実際に会社を経営して見るといろいろな事が起こります。あの事さえ無ければ計画通りだったのにとか、株式市場がもっと活気づいていれば資金が調達出来たのにとか、大株主がもっと柔軟だったらやり遂げられたのにとかです。

しばらく社長をしていて分かった事は「世の中先は分からない」と言うことです。先の分からない事に対して、自分たちに都合のいい計画を立てても余り意味はない。よく大企業では長期計画と称して、3カ年、5カ年などの計画を立てます。このような計画がうまくいかない事はソビエト連邦の崩壊を見ても明らかです。

また、計画を立てることの問題点は、将来を考えることにあります。前章でも触れましたが、人間は将来を悲観的に見る傾向が有ります。私の好きな歌手のマドンナはラリーキングライブに出演した際、「マスコミはセンセセーショナリスト。批判的、悲観的なニュースいしか話題にしない。私はテレビも新聞も見ない。」と言っていました。実は私も同意見です。私はテレビ局で働いていたので、この仕組みがよく分かります。この本を書いている現在、日本のマスコミは新型インフルエンザの話題で、異常なほど過熱していますが、私はこのインフルエンザによる死者は日本ではそんなに多くないと楽観しています。

将来は不確定で多くは悲観的に見られがちです。私がビジネスに成功出来たのも、会社設立時にこれと言った計画を持っておらず将来をあまり考えていなかったので悲観的に成らずに済んだ。また目的まではジグザグで(私はよくロッククライミングにたとえます。登る線がジグザグで不連続。その場に行ってみなければ分からない)14章で見たように、一見無駄に見える多くのトライが必要と気づいたからです。

第50章のまとめ

長期計画は余り意味がない。将来はその場に行ってみなければ分からない。目標までの道のりは概して直線的ではなくジグザグである。

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Q49.あなたは、リスクヘッジ型ですか、それともリスクテイク型ですか?

リスクヘッジ型のリーダーが経営する会社で長い繁栄を続ける会社を私は知りません。無借金経営で守りに強いと言われた、食品メーカーの加ト吉は破綻しました。京セラも無借金ですが、これは資金に余裕があっただけで、大変なリスクを冒しています。そうKDDIの創業です。当時NTTと協奏するなどと大それた事は誰も考えませんでした。何しろNTTはもとをただせば逓信省、つまり国営企業です。日本たばこのライバルが国内でいない様に、NTTのライバルに成るのも難しいと皆思いました。

私が感心するのは、京セラが世界企業となり社長の稲盛さんも経済界のヒーローになった後にリスクをとっていることです。普通はある程度成功するとそれで満足し、あえてリスクを冒さない。ここに稲盛さんのすごさがあると思います。

最近読んだ本で、コカコーラの元社長ドナルドキーオ氏の「ビジネスで失敗する人の10の法則」があります。そこで取り上げられている話に、「先史時代の生活はリスクだらけでリスクに対する準備が生命を守る唯一の方法であった。」というのが有ります。つまり、我々の遺伝子には現代に必要な感覚以上にリスクをおそれる気質が組み込まれているとのこと。つまり現代人はリスクに対する恐怖を割り引いてちょうど良いくらいなのです。

ビジョナリーカンパニーに「トライアンドエラー」の項目が有ります。いろいろな事にチャレンジして初めてものになる商品が生まれる。多くのトライ無くして新商品はなく、新商品なしに会社の将来はない、とのことです。リスクを取らないリスクを認識出来る様になるのは大分先のようです。

第49条のまとめ

現状に安住しリスクをとらない会社は一時的には繁栄しても長続きはしない。

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Q48.社長の究極的な役割とはどの様なものでしょう?

社長業とは何かという問いにはいろいろな答えが帰って来そうです。目標を設定すること、模範を示すこと、リーダーシップをとること、株主に最大のメリットを与えること、等々です。

日本を代表するフレンチレストラン「コートドール」のオーナーシェフ、斉須政雄さん著の「調理場という戦場」という本が有ります。この本は、実は経営書としても優れています。レストランのオーナーのタイプ、経営で言えば社長のタイプを2種類に分けています。一つめは有名な「タイユバンロブション」のジョエルロブションさんタイプ。機能的、合理的で組織的に役割分担がはっきりしていた、いわばピラミッド組織。1人の天才を100人で支えるような組織です。しかしここで斉須さんは居心地が悪かったのか短い間で辞めています。

もう一つは、斉須さんが、ペローさんというオーナーの所で働いていた時に感じた役割。斉須さんは、その店をとっても気に入ったといいます。何よりペローさんの立ち居振る舞いが好きだったそうです。ペローさんは、朝一番にお店に来ます。しかし調理場にはたちません。その代り、掃除をしていたり、窓を磨いていたり、と非常に目立たない仕事をするのが日課です。初めの頃は何をしているのかよく分からなかったそうです。

後に「ペローさんは実は、調理師達やソムリエ、ホールのボーイ達に働きやすい環境を作っているのだ」と、斉須は気づいて来きます。もちろんオーナーシェフですので調理の腕は天下一品なのだけれど、滅多に調理場に立たないそうです。

このところを読んでいて私は、たまに行く駒形のどぜう屋さんのオーナーを思い出します。数百年の歴史を持ち、未だ多くの人に愛される店のオーナーなのですが、実は初めの頃は当主とは気がつきませんでした。この方は、お店のベンチに座り、にこにこしていて一見雑務係の様です。一度北海道から父をこの店に連れて行ったのですが、帰り際にこのおじさんは何気なく父に話しかけ、どこ彼来たのかと問いました。父が北海道から来たのだと答えると、記念写真を撮ってあげましょうと首に下げていたカメラを取り出し、写真を撮ってくれました。住所と名前を書いて店を後にしましたが、後日北海道の父の所に写真と直筆の丁重なお手紙が届き、父も喜んでおりました。そしてその年のお正月には、父の所に年賀状を送っていただきました。この時点で私はただの案内係のおじさんではないなと思いました。ある時仕事で浅草を朝歩いていてこのドジョウ屋さんの前を通りかかると、なんとこのおじさんが従業員の先頭に立ってドジョウの仕込みをしているのが外から見えました。

「セムラーイズム」(あるメキシコの実業家の名前)と言う本に「社長とは何か」という問いが出ていました。この著者は、次の言葉一言で表していました。「社長とはカタリスト(触媒)である」と。ペローさんやドジョウ屋のおじさんの役割は働きやすい環境を作ると言う意味で、カタリストになります。

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私の経営のバイブル「ビジョナリーカンパニー」の第一章は「時を告げる人」「時計を作る人」というたとえ話です。時間=判断と置き換えて見てください。「時を告げる人」は自分で物事を何でも判断する経営者。その人が活躍中はいいですが、去った後、会社の繁栄は長続きしないと、歴史が示しています。

一方、自分で判断する替りに、判断力のある人を育て、判断を任せる人のことを「時計を作る人」とたとえます。自分はあまり出しゃばらずに、社員に判断力を身につけさせる。この場合は、自分が去った後も会社は永続して発展するとやはり歴史が証明しています。

時を告げる社長をいただく会社、もう一つは時計を作る(カタリスト的)社長をいただく会社。第17章で見たように、現代は社員1人1人の創意工夫のみが付加価値を生む時代です。これからの時代を生き抜くには社長はカタリストになるべきと思います。

第48章のまとめ

社長の役割はカタリスト(触媒)。自分で判断するより(時を告げるより)、判断力を持つ社員を数多く育てよ。(時計を作れ)

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Q47.あなたは、自分が何のために働いているかを理解していますか?

これは、ずばり「社会(顧客)に貢献し、結果的に自分を成長させる為」と思います。おまけとして「生活費を得る」があると思います。

お金が第一目的になってしまうと、顧客や社会に貢献すると言う真摯な態度から、「顧客をコントロールしてお金を儲けよう」という「お客様と自分のゼロサムゲーム」になってしまいます。詐欺師を職業といえるかどうか分かりませんが、詐欺師はゼロサムゲームを行っています。顧客(被害者)からお金をせしめるだけで、何ら付加価値を生んでいません。

自分自身を成長させるという観点が無いと、「仕事に辛抱が無くなります」人間は弱いので怠惰になってしまいます。

人間の頭の中にあるいろいろな知識が、現代社会では最も希少価値のある経営のリソースであると第17章で触れました。この知識は覚えるだけではだめで、実際に経験してみなければ身につきません。ちょうど車の運転を理論だけ理解してもすぐに車は運転出来ないように。また、もてたい余り、恋愛についていくら研究しても実際の恋愛を経ないと、もてるようには決してならない様に、と言うことです。

仕事には予想外のいろいろな出来事が待ち受けています。知識や経営理論は基本を理解し、それの応用である実際のビジネスの現場で使って初めて受肉する。そうで無ければ、経営理論はただの骸骨です。

アメリカの大学院の様に、疑似体験としてのケーススタディというのも有りますが、やはり実際の経験にはかないません。知識を活かし実地で働くことが知識を増やし自分を成長させ、社会に役に立てる様になります。

第47章のまとめ

働く目的は、社会貢献による自分自身の成長で、結果として生活費がついてくる。お金第一では成長出来ない。

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バイリンガルの危険な罠「インターナショナルスクール」

ジョージオーゥエルの小説1984には、一握りのエリートが大多数の人間を支配するために、ニュースピークという言語を教育し思考能力を奪っていくという話が書かれています。きっとオーゥエルは言語と思考の密接な関連性を知っていたのでしょう。以下にニュースピークについて述べます。

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ニュースピーク (Newspeak、 新語法)は、思考の単純化と思想犯罪の予防を目的として、英語を簡素化して成立した新語法である。語彙の量を少なくし、政治的・思想的な意味を持たないようにと修正され、この言語が普及した暁には反政府的な思想を書き表す方法が存在しなくなる。

付録として作者によるニュースピークの詳細な解説が載っている。 これによるとニュースピークにはA群B群C群に分けられた語彙が存在し、A群には主に日常生活に必要な名詞や動詞が含まれ、その意味は単純なものに限定され文学や政治談議には使用しにくいもののみがイングソックによる廃棄をまぬがれる。B群には政治に使用される用語が含まれ少なからずイデオロギーを含んだ 合成語が含まれる(例: goodthink(正統性)、crimethink(思想犯罪))。C群にはほかの語群の不足を補うための科学技術に 関する専門用語が含まれる。

またニュースピークは現代英語を必要最小限にまで簡略化することを目指しており、現在では別々の言葉が似たような意味を持つという理由で統合され名 詞や動詞の区別も接尾語により変化する。たとえばthought(思想[名詞])はニュースピークの文法では think(考える[動詞])で代用でき、speed(速 さ[名詞])に形容詞をあらわす -ful や副詞をあらわす -wise を加えることでそれぞれの品詞に自在に変化する。bad をあらわすには good に否定の接頭語 un- をつけた ungood でこと足り、強意表現はplus-, doubleplus- といった接頭語をつけることで表現される。また、Minipax などのように略語を 極端に採用しているが、これによって本来の語源を考えることなくまったく自動的に単語を話すことができる(これにはかつてソ連が「コミンテルン」などのような略語を多用したことの影響がある)。

新語法(ニュースピーク)辞典が改定されるたびに語彙は減るとされている。それにあわせシェークスピアなどの過去の文学作品も書き改められる作業が進められている。改訂の過程で、全て の作品は政府によって都合よく書き換えられ、原形を失う。free の意味も「free from ~」(~がない)の意味しか残らず「政治的自由」「個人的自由」の意味は消滅しているなど変化しており、原文の意味を保って自由や平等を謳う政治宣言など をニュースピークに翻訳することは不可能になる。

なお、ニュースピークという言葉自体が既にニュースピークである。本来、speak という単語に名詞としての用法は無い。

ダブルシンク

ダブルシンク(doublethink、二重思考)は、1人の人間が矛盾した2つの信念を同時に持ち、同時に受け入れることができるという、 オセアニア国民に要求される思考能力である。現実認識を自己規制により操作された状態でもある。

過去を支配する者は未来まで支配する。現在を支配する者は過去まで支配する
政府が過去を改竄し続けているのは、党員が過去と現在を比べることを防ぐため、そして何よりも党の言うことが現実よりも正しいことを保証するため である。党員は党の主張や党の作った記録を信じなければならず、矛盾があった時は「犯罪中止」により誤謬を見抜かないようにし、万一誤謬に気づいても「二 重思考」で自分の記憶や精神の方を改変し、党の言うほうが正しいということを認識しなければならない。
古代の専制者は命じた。汝、するなかれと。全体主義者は命じた。汝、すべしと。我々は命じる、汝、かくなり、と
オブライエンの言によれば、かつての専制国家は人々に対しさまざまなことを禁止していた。近代のソ連やナチス・ドイツなどは人々に理想を押し付け ようとした。今日のオセアニアでは人々はニュースピークやダブルシンクを通じ認識が操作されるため、禁止や命令をされる前に、すでに党の理想どおり の考えを持ってしまっている。党の考えに反した者も、最終的には「自由意思」で屈服し、心から党を愛し、党に逆らったことを心から後悔しながら処 刑される。
2足す2は5である(2+2=5、Two plus two makes five)
この小説を象徴するフレーズの一つ。スミスは当初、党が精神や思考、個人の経験や客観的事実まで支配するということに嫌悪を感じて(「おしまいに は党が2足す2は5だと発表すれば、自分もそれを信じざるを得なくなるのだろう」)自分のノートに「自由とは、2足す2は4だと言える自由だ。それが認め られるなら、他のこともすべて認められる」と書く。後に愛情省でオブライエンに二重思考の必要性を説かれ拷問を受け、最終的にはスミスも犯罪中止と二重思 考を使い、「2足す2は5である、もしくは3にも、同時に4と5にもなりうる」ということを信じ込むことができるようになる。

ダブル スピーク

ダブルスピーク(doublespeak、 二重語法)は、矛盾した二つのことを同時に言い表す表現である。「戦争は平和」・「真理省」のように、例えば自由や平和を表す表の意味を持つ単語で暴力的 な裏の内容を表し、さらにそれを使う者が表の意味を自然に信じて自己洗脳してしまうような語法。他者とのコミュニケーションをとることを装いながら、実際 にはまったくコミュニケーションをとることを目的としない言葉。

実は作品には登場しない用語であるが、初版発刊後の1950年代に発生し一般化した言葉で、しばしば作品由来と考えられている。ニュースピークのB 群語彙の定義におおむね影響を受けている。また、現実にある政策や婉曲話法などを批判的に言及する際に「二重語法」という言葉を使うことがある。たとえば 事業の再構築を意味するリストラクチャリング(リストラ)を単に「従業員の大規模解雇」の意味に使用するなど。

Wikiより

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さて本題に戻ります。ソシュールは「言語は人間の思考の道具ではなく、言語そのものが思考だ」と言っています。母国語を深く理解し、その言語の影響を受けながらも人は深い思考、論理的思考が可能になります。私は英語に不自由しません。仕事で英語を使う時は英語ですべてを考えて話しますが時々英語の自分は日本語の自分に比べ思考能力や思考スピードがかなり落ちているなと実感することがあります。英語で仕事をいている時に重要な決断はできないなと日頃から感じています。

別の話を一つ。私の友人に神戸生まれでイギリス国籍のバイリンガルで同じ年の人がいます。日本語も英語も全く訛りなく話しますが、どうも深い思考になると二つの言語のうちどちらを使うかで葛藤があるようです。どちらを使うにせよその言語をかなり深く知っていなければ、複雑で精妙な考えが出来るということです。たとえばその言語で理科や数学を勉強し、九九を暗記し計算できる必要がある。three by four, twelveといければ初めて英語で深く考える事ができるのです。

また、日本語なら漢文、古文の知識は思考に深みをもたらすのと同様、英語圏の人ならラテン語などを学ぶ必要があると思います。一つの言語でそのような豊富な知識を学ぶだけでも大変なのに二つの言語でそれをやるとすれば、相当な覚悟、つまり一つの言語で勉強したことと全く同じ内容を別の言語で学びなおす覚悟が必要です。

私は、今だに日本語で記憶している電話番号を英語ですらすら言えませんし、英語で覚えているアメリカ人の友人の電話番号は日本語ではスーッと出てきません。

幼少期よりインターナショナルスクールに通わせ、バイリンガルと安易に考える親御さんは、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と母国語で学んだ過程を、同じ年月をかけてもうひとつの言語で学びなおさせる覚悟の無い限り、止めた方が賢明です。また、私はその時間を別の勉強にあてた方が良いと思います。英語は中学校から学び始め、大学や社会人の時に一生懸命やるだけで良いともいます。訛りのある英語になるでしょうが、外国語で一般教養を学びなおす時間を母国語でより深い勉強にあてる。その方がお子さんの思考能力や論理性はしっかり身につくはずです。

私の英語はかなり訛っていると思います。しかし、私は訛っている英語を話して一度も恥をかいた事はありません。仕事で困ったこともありません。相手がアメリカ人であれ、イギリス人であれ私の母国語は日本語と知っているのですから。我々が訛った日本語を話すアメリカ人を馬鹿にしないのと同じ理屈です。

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経営者の「うつ」

自殺者3万人の中に多くの会社経営者がいるはずです。会社経営者は経営に困ったとき、1.社内に相談相手がいない、2.従業員、取引先などへの責任がある、3.金銭的な負担を一身に背負っている、4.多忙を極め肉体的にも精神的にも疲れている、5.もともとまじめで自罰的な人が多い、など「うつ」を発病する要素が揃っています。人間は、どんなに苦しい状況でも体や精神が疲れていなければ「うつ」にはなりません。

会社経営者とは、行き詰まり感と疲労感が同時に襲ってくる立場なのです。私も上場企業の社長と放送局の社長を兼任していて疲れていました。また、親会社との間で経営に関する方針の食い違いがありここも悩みの種でした。行き詰まり感と疲労が同時に襲ってきたのです。

「うつ」になった時、自分では心の病気と気がつかなかった。朝布団から起き上がれない事が続き、肝臓でも患ったかと思っていました。幸いにも会社の部下が「うつ」を指摘してくれ、病院まで紹介してくれて回復に向かいましたが、あのまま無理を続け病院に行かすに治療を受けていなければ、自殺を思いとどまれたかどうかは、正直分かりません。

会社を経営している方で、疲労感が続く、夜眠れない、食欲が落ちた、何となく憂鬱だ、このような状態が2週間以上続くようであれば、程度の差こそあれ、うつを疑うべきと思います。そして、経営者の「うつ」は適切な治療を受けないと確実に悪化していくたちの悪い病気です。

医師の指導のもと適切な治療を受ければ多くの人が完治する「うつ」、身体の病気と同じく早期発見が決め手です。少しでも心当たりのある会社経営者は精神科の門を億すことなく叩いて下さい。

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Q46.苦境に陥った時、どう考えますか?

前章をお読みになった方ならもう答えはご存じのはずです。そうです。苦境とは、あなたにとって最高の出来事なのです。これに気づくか気づかないかだけです。

 

 苦境の時は、起きたことに対する「意味付け」が大切です。「このことは自分にとっていったい何のために起こったのか?」のかを考えることです。考えれば必ず意味は見つかります。その意味する所へ迷い無く走り始めるのです。

 

 もし意味を見つけて、それに向かって行けば、後になって必ず、「やはりそうだったのかと」納得されるはずです。

 

 もし意味づけを行わずに、ただただ路頭に迷っていたなら、せっかくの学びチャンスを失うばかりが、状況がより悪くなり(つまりもっと強く意味づけを考えさせるための天の采配)、乗り越えるハードルは高くなります。

 

 あのトヨタは下請け工場に値下げを要求する時に5%とか10%とかではなく30%を要求するそうです。5%や10%なら既存のやり方で何とかなるかもしれませんが30%を要求すると、既存のやり方を一から見直しイノベーションを行わなければならなくなります。

 

 これを下請けの方から見ると、30%もの値下げは一見、苦境に見えます。しかし視点を、「そこをくぐり抜ける為には、イノベーションを起こすしかない。値下げ要求は実はイノベーションのチャンスである」と見ると意味づけがはっきりします。こうしてトヨタの下請け会社は世界で最も競争力のある起業集団に磨き上げら、トヨタ以外とも取引をして、世界的に活躍しているのです。

 

第46章のまとめ

一見苦境に見える試練は、実は学びのチャンスととらえる事により、企業や社員の競争力は増しますます強い会社になっていく。

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Q45.あなたは神(もしくは神の様な知的エネルギー体)や魂の存在を信じていますか?

神や宇宙のエネルギーを感じ取ることの利点は次の3つです。

①  起こっていることはすべて正しい(ポジティブシンキング)

②  信仰が人間を善に近づける(コンプライアンス)

③  仕事の意義(特にプロテスタント、勤勉、合理的、禁欲)

 

まず①です。ここでは、インドの昔話「アシュタバクラ」のお話をしましょう。

 

昔、インドにジャナカ王という王様がいました。そして、その家臣にアシュタバクラという者がおりました。王様から、「これについて、おまえはどう思う?」と聞かれると、アシュタバクラはいつも、「起こることは、すべて最高でございます」と答えました。王様は、そんなアシュタバクラをとても信頼し、いつもそばにおいていま
した。そして、他の家臣たちが、そのことに嫉妬して罠をしかけたのです。

 ある日、王様が手に怪我をしました。いじわるな家臣たちが、アシュタバクラのところに行き、「王様が怪我をされたことを、どう思う?」と聞きました。アシュタバクラは答えました。「起こることは、すべて最高です」家臣たちは、このことを王様に告げ口しました。「王様!アシュタバクラは、王様の怪我のことも最高と言っております。」それを聞いて怒った王様は、アシュタバクラを牢屋に入れました。

 そして、その日は狩りの日でした。王様は他の家臣を連れて狩りに出ました。王様は、一人で森の奥深くにまで入り、そこで“人食い部族”に捕まってしまいました。その部族は、儀式の時に人を生け贄としてささげ、火あぶりにするのです。ところが彼らは、火あぶりの直前になって、王様が手に怪我をしていることに気づきました。傷ものは生け贄にできないので、彼らは王様を放免しました。

 無事に帰って来ることができた王様は、すぐにアシュタバクラを牢屋から出して、あやまりました。「おまえが言ったとおり、わしが手に怪我をしたのは、最高のできごとであった。しかし、そんな大事なことを教えてくれたおまえを、わし牢屋に入れてしまった。そのことを悔やんでいる。どうすれば、この過ちをつぐなえるだろうか?」

 すると、アシュタバクラは言いました。「王様、私はいつも、起こることはすべて最高だと申し上げているじゃありませんか。もしも、私を牢屋に入れて下さらなかったら、私はいつも狩りでは王様の側から離れないので、いっしょに捕まっていたことでしょう。そして、怪我をしていない私は、生け贄になっていたことでしょう。だか
ら、牢屋に入れていただいて、最高だったのです。」

 これを聞いて王様は悟りました。「そうか!人生で起きることは、本当にすべて最高なのだ。一見よくないことのように見えても、広く見れば最高なのだ。そして、そのことを信じていなければ、それに気づかないんだな。」船井幸雄さんも同様の事を言っておられます。船井さんの言葉に「人生で起きることはすべて、必要で必然でベストなこと。」が有ります。

 私の実体験でもそれがいえます。私は会社を起業して7年目で社長を退任したのは、体調を崩したからです。上場を果たした時の目標は、「タイミング良く辞めて自分がオーナーの会社を興そう」と言うことでした(会社を所有するのが次の目標でした)。ところが、いろいろな事情を考えてしまい行動に移せずずるずると留任し続けました。そして実際辞めた時は、好むと好まざるとに係わらず体調不良で辞めなければならない状況になってからです。

 

しかし、このことが今まで働き詰めであった体を休めるチャンスとなりました。当時体重84キロ、血圧180、糖尿の気配、抑鬱感、神経性腸炎による慢性的下痢、とあのまま続けていたらどうなった事か・・。

 今は体重65キロ、血圧は120、野菜中心の食事を自分で作り、腸は完璧でこのような場で恐縮ですがすばらしい便、抑鬱感も改善しつつあり、おまけとしてスタイルが良くなり、洋服が似合うようになりました。もうしばらく休んだら、今度は自分がオーナーの会社を作ろうと考えています。

 

体調を大きく崩すという一般的には「悪いこと」が自分にとっては良いことだったのです。また、この本も、もし今でも多忙な上場会社の社長業をしていたなら書けなかったでしょう。

 

起こっていることはすべて正しいと理解し始めると、多くの人は因果応報の法則が有ることに気がつき始めます。これが信仰を持つと言うことです。すべての出来事は自分の行った行動の結果であると感じる様になります。人から助けられるには、先ず自分が人助けをしなければならないと思うようになります。

 

私は、愛犬HANAと毎日夜に散歩を楽しんでいます。そのときに、他のワンちゃんの拾い忘れた糞が有ることがあり、私はそれも一緒に拾う事にしています。愛するHANAの健康、長寿を願いながら。

 

次に移ります。人間を善に近づける事は、会社のコンプライアンスに直結します。法律があるから、義務だからとコンプライアンスを考えるのと、心の底からコンプライアンスを信じ体現するのでは大違いです。世間を賑わせる大企業の不祥事は、経営陣が心からコンプライアンスと言うことに価値を見いだしてはおらず、「バレなければいい」と思ってしまう事より起こるのだと思います。

 

「仕事の意義」についてお話します。皆さんマックスウエバーをご存じですか、私は、大学卒業時に一夜漬けで学びました。そのときは内容を深く考えませんでしたが、今ではこの考え方は事実だと思っております。

ウエバーによると、オランダ、イギリス、アメリカなどカルヴィニズムの影響が強い国では合理主義や資本主義が発達したが、イタリア、スペインのようなカトリック国やルター主義の強いドイツでは資本主義化が立ち遅れた。こうした現象は偶然ではなく、資本主義の「精神」とカルヴィニズムの間に因果関係がある。ここでいう資本主義の「精神」とは、単なる拝金主義や利益の追求ではなく、合理的な経営・経済活動を支える精神あるいは行動様式(倫理感)です。

カルヴァン予定説では、救済される人間は予め決定されており、人間の意志や努力、善行の有無などで変更することはできません。禁欲的労働に励むことによって社会に貢献し、あらかじめ約束されている救済を、ようやく確信するようになります。また、呪術は救済に関係がないので禁止され、合理的な精神を育てるようになりました。

このような職務遂行の精神や合理主義は、近代的・合理的な資本主義の「精神」に適合していて、禁欲的労働によって蓄えられた金は、禁欲であるから浪費されることもなく、再び営利追求のために使われることになったのです。

 

 ウエバーの視点から「仕事の意義」を考えると、あらかじめ救済されている自分が本当に救済されていると確信するための努力と言い換えることが出来ます。日本人にはわかりにくい概念ですが、このことにより資本主義が発達、つまり信仰心が健全な資本主義を生んだのは事実と思います。

 

 私は特に決まった宗教を信仰している訳では有りませんが、空を見て現在の自分の境遇に感謝する事がしばしば有ります。義務ではなく、本当に感謝しているからです。

 

第45章のまとめ

神や宇宙エネルギーなど人間より偉大なものの存在を信じる事により、健全で、社会に役に立ち、結果もうけも多い職業人になることが出来る。

 

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Q44.あなたは①職人、②管理職、③アントレプレナーのうちどのタイプですか?

一般的な中小企業は、社長が職人気質で個人商店の形からスタートしている場合が多いです。ところが商売が繁盛してくると経理、人事、総務などの管理業務が社長を待っています。元々職人タイプの人は、このような管理業務が得意ではありません。

私の高校時代の親友に札幌で税理士を開業している島上浩一さんがいます。彼のクライアントは飲食店が多く忙しくしています。さぞ事務所としても安定的な利益を出しているのだろうと聞いてみると、「いや、クライアントのほとんどが職人タイプで、年度末になって日付もバラバラな領収書を持ってきて、後はよろしくお願いします、と言う人が多い。くたびれ損の骨もうけである」とぼやいておりました。

このようなお店は、年度を締めるまで儲かって居るかどうか分かりません。実際は大きな赤字を出しているのに年度末まで気がつかないと言うケースはしばしばあるそうです。このような会社は、いくら繁盛しているように見えても資金繰りが行き詰まり黒字倒産する事も希では無いとのことです。

私のおすすめは、事業が発展し管理業務が増え、自分でこなすことに無理を感じたら、管理業務の得意な人を雇い入れる事に限ると思います。社長は職人の仕事に集中していればいい。

このような状態で会社が発展する場合、3つの落とし穴が有ります。

一つは、社長が1職人としての仕事しかせず、残りを管理担当の人に丸投げしチェックもしていない場合。たぶんこの管理の人は遅かれ早かれ会社を辞めてしまうでしょう。実は管理関係の仕事は本来社長が最終的に判断をしなければいけない分野で、ここを丸投げしたのでは、管理担当者が普通の給与で社長の仕事、例えば資金繰りなど、をする羽目になる。これでは割に合わないと感じ始めるからです。

もう一つは会社が実質管理担当者のものになってしまうと言う現象です。例えば、従業員は社長の言うことは聞かないが、管理担当者の言うことはよく聞く、等です。実際にリスクをとっている社長が「社長の権限を明け渡す」とするならこれもいいでしょう。ただし、その場合は社内社外に混乱を産まないため、この管理担当者を社長にすべきです。

実例では、マイクロソフトの創立者ビルゲイツ氏は、3年くらい前から、「自分はCEOの職責よりCTO(技術開発担当責任者、つまり職人)の方が才能を活かせる」と考え、スティーブパルマー氏にCEOの座を明け渡してしまいました。

あともう一つ、不正です。人間弱いもの、他人のお金をチェックなしに預けられると、最初は変な気が起きなくとも、時間の経過とともに自分の懐にお金を入れたくなるのが人情です。このような事は、やる本人が悪いのは当たり前ですが、このような環境を作ってしまった創業者にも責任が有ると私は、思います。不正の出来ない、仕掛け作りを創業者が作っておくことは、管理担当従業員への思いやりです。

アントレプレナータイプの人が持っているのは「情熱」とリスクをとる「勇気」です。これは職人タイプの人が併せ持っている事が多いです。しかし、成り行きで会社を作ってしまったとか親の事業を継いだ場合など社長の右腕左腕には情熱を持ちリスクを取る人が必要です。

このような3つの資質が会社運営に必要なのは、マイケルEガーバー著の「初めの一歩を踏み出そう」から、多くを学びました。希に三拍子そろった人がいます。しかし、前に学んだ様に、1人で会社を切り盛りするとワンマン体制になりやすいので、主に管理面にCFOを置きCEOはその報告を聞くとした方がいいと思います。

第44章のまとめ
事業には「職人」「管理」「アントレプレナー」の3つの資質が必要。一つでも欠けると事業は行き詰まる。仮に社長すべて併せ持っていても、ワンマンを避け権限を分散したほうが経営はうまくいく。

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Q43.社長は自分には人望があるとお考えですか?

人望とは何でしょう?誠実さを持っていれば、皆人望を得られるのでしょうか?例えば誠実なプロテスタントの牧師は、イスラーム原理主義の人たちに から人望を集めることが出来るでしょうか?
第二次世界大戦直前、日本に誠実な反戦論者が居たとして、一般の人たちから人望を得られたのでしょうか?

史上最悪の大殺戮を起こしたヒットラーは国民より人望を得て、クーデターではなく正式に当時の憲法や法律に則り政権を取りました。

このように人望とは、難しいものです。

私は、人望を次のように定義したいと思います。

「ある一定数の人数が集まる集団において、共通の理念や思想を作りだし広める為に、または先人より受け継いだ思想を堅持する為に、コミュニケーション能力を駆使して得られる多数の共感」であると。

人望には思想が正しいか間違っているかの入り込む余地は有りません。正邪に関係なく、自分の思想や考え方が皆の共感を受けているか否かが問われるのです。例えば、金儲けで人望を集める人は、金儲けに関して皆の支持を得ている人です。

では、正義や博愛など、人々から尊敬を受ける様な思想は無駄なのでしょうか。そんなことはありません。すばらしい人材は、すばらしい思想、そしてバランス感覚のいい正義に集まるものです。

前に触れましたが私の失敗だった、「部下からの謀反」は、私が間違っていたからではなく、コミュニケーション不足だったからです。

第43章のまとめ

人望は、コミュニケーションより生まれる。正しい思想でコミュニケーションすると人望が集まり、結果良い人材が採用できる。

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ソシュール理論による外国語学習法

英語が全く駄目だった筆者が言語学者であるソシュールにヒントを得て生み出した2年でTOEIC900点をめざせる全く新しいアプローチの外国語取得方法を紹介します。

髪林孝司プロフィール

髪林孝司

髪林孝司:
システム経営コンサルタント
職歴:
株式会社リクルート
(住宅情報事業部)
株式会社テレビ東京
(経理部、営業部、国際営業部、編成部、マーケティング部、イ ンターネット部などを歴任)

2001年
テレビ東京ブロードバンド企画設立
代表取締役社長就任
(主要株主;テレビ東 京、NTT東日本、シャープ、NECインターチャネル、集英社、角川ホールディングス、 小学館プロダクション、DoCoMoドットコム、ボーダフォン)

2005年
同社東証マザーズ上場

2006年
インターエフエム買収
代表取締役社長就任(兼任)
11年連続赤字累損22億の会 社を1年で4000万弱の黒字会社にターンアラウンド

2008年6月
テレビ東京ブロードバンド取締役退任

略歴:
札幌生まれ
趣味:
ロードバイク
中華料理(家族の食事は私が作っています)
タブラ(インドの打楽器)